雪の      
                                         弓 

   七十歳になりました。戦後七十年でもあります。戦争を知らない人たちが日本人の八十%と聞いて驚いています。私たちが中学生のころは戦後まだ十数年だったわけで遠い昔のことになりましたね。そんな人生の約半分を過ごしてきた雪国会津での生活をお話しします。
   早い年は十月の末、遅くとも十一月中旬には雪が降り始めます。初めは遠くの山々が砂糖をふりかけたように頂の方から白くなってゆき、やがて田畑にも町にも降ります。この頃の雪はすぐに消えてしまうことが多いのですが、濃い霧が立ち込め、雪が降ったり消えたりするこの頃が一番寒さを感じるころかもしれません。根雪になるのは十二月初旬から年末にかけて。年末の寒波で一晩に突然20センチも30センチも積もることがあります。これはもう根雪となり、平野部では翌年の三月初旬から中旬まで雪とのお付き合いの生活になります。四月の入学式に大雪なんてことも決して珍しくありません。
   今は二月の末ですが今日も外は吹雪です。今年は特に雪が多く、先日、猪苗代に行きましたが道路の両側は雪の壁。磐梯山サービスエリアの、いつもなら磐梯山の雄大な景色が見られる大きなガラス窓もすっぽりと雪の壁に覆われて何も見えず、観光客はもちろん、地元の皆さんも驚いていました。道路はツルツルの圧雪状態が続きます。もちろんスタッドレスタイヤが必要。あまり寒くならない十月下旬の天気のいい日に普通タイヤからスタッドレスに自分で交換するのが私の年中行事です。ちなみに私の今の車はトヨタの四輪駆動です。名古屋から会津に移動してきたころはカローラの後輪駆動車でした。冬には何度も雪の吹き溜まりに突っ込んで立ち往生。押してもらうか引っ張ってもらわないと動けません。さらに山奥の道路だと通りかかる車も少なく、夜にでもなれば本当にピンチです。四駆が必需品だと知り値段は高くてもずっと四駆に乗ってます。ただし四駆も万能ではありません。深い新雪や春先のぬかるんだ雪に入り込むとタイヤが雪の中に沈んでしまい、車のおなかが雪面にくっついて亀の子状態に。こうなると四つの車輪が空しく空転するだけ。最近の前輪駆動車はかなり雪道に強いのですが、自宅の駐車所のちょっとした雪のくぼみから脱出できない場合も。朝の通勤時に車庫から出られない車を皆さんで押してあげるのも雪国ならではの風景です。
   二月の末から三月の初めごろには道路の雪はだいたい無くなりますが、スタッドレスから普通タイヤに戻すのは五月の連休前後。というのも峠道や山間部では春になっても雪が降り、溶けた雪が氷になって滑りやすく危険だからです。つまり1年の半分はスタッドレスタイヤにお世話になっています。交換が面倒だということと1種類のタイヤで済ませた方が経済的という理由で1年中スタッドレスを着装する人もいます。農家の軽トラなど年中スタッドレスの履きっ放しが多いようです。
   さて日々の雪片付けのことについてすこしお話します。今シーズンは昨年十二月初旬から雪が積もりはじめ、積雪も多く積雪の期間が長い年でした。高い屋根に上って屋根の雪をスコップなどで下に落とす様子が大雪を告げるテレビ映像で見られますが、会津の平野部では屋根の雪下ろしの風景はほとんど見かけません。普通住宅の屋根は雪が滑りやすい塗装がされています。大雪の降る夜など、雪が屋根から流れ落ちるサラサラ、ストンストンという音が一晩中聞こえます。翌朝積もった雪と屋根から落ちてきた雪で窓がふさがってしまうこともあります。
   次の朝は早朝から雪片付けが始まります。夜中に道路を除雪のブルドーザーが通るのですが、掻きのこした雪が我が家の前を塞ぐのでまずはその雪をスコップや「スノーダンプ」、別名「ママダンプ」で片付け、玄関前の道路に空間を作ってから我が家の玄関前の雪や車の上に積もった雪を片付けるといった手順です。ブルが掻かき残した雪は固い大きな氷の塊になって腰の高さぐらいなっていて見ただけでうんざり。そんな大雪の朝が毎日続くとさすがに疲れがどっと出ます。しかし、焦らず、辛抱強くこつこつと作業を繰り返すのがコツで、頑張っているうちに気が付くと春が近づいています。
   こんなやっかいものの雪ですがいいこともあります。大雪が止んだ次の朝は大気が澄みきって、静謐というのか、大自然にすべてがつつまれて静まり返っています。道も田んぼも境目のない一面の雪野原。あぜ道や小川や道路もすべて雪の下。別世界が広がります。高田三郎作曲の組曲「心の四季」の中で雪がこんなふうに歌われています、「雪が激しくふりつづける、雪の白さをこらえながら、欺きやすい雪の白さ、誰もが信じる雪の白さ、信じられている雪はせつない・・・」。雪の表情をみていると、時には人生を考えさせ、時には魅力的な存在にもなります。近くのスキー場にもたまに行きますが周りは若いボーダーさんばかり。2,3本滑ってコーヒーを飲んで帰ってくるという超ゆとりのスキーですが、いい歳でスキーができるということはありがたいと思っています。
二月末の今も雪まじりの冷たい風が吹き、「春は名のみの風の寒さや」、という早春賦の詩がまさにぴったりの頃です。ただ春の雪は日差しが明るくなんとなく春の予感を感じるので同じ雪かき作業でも余裕があります。
   雪のない名古屋は梅の季節でしょうか。こちらは、梅、桃、桜などの花々が一斉に咲き始める繚乱の春までもうしばらくの辛抱です。
とっぷ