幕末・明治維新略史

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世代間契約


足立正樹「高齢社会と社会保障」国民経済雑誌、2002、185(1)

ドイツでは、戦後の高度経済成長はかなりの物価上昇という犠牲を払って実現されただけに、既裁定年金の実質価値減少が大きな問題となった。この解決のために、年金額を物価や賃金の上昇に会わせて再調整することが必要となり、スライド制が導入されることにより、積立方式は改変された。つまり年金額を何らかの基準にあわせて規則的に切り上げることは、世代ごとに見た年金支給総額が保険料拠出総額を上回ることになり、積立金が早期に、つまり当該世代の構成員が存命中に枯渇することになる。そのような状況でも年金を支給し続けるためには、必要な資金を現役の被保険者に割り当てる方式に移らざるを得ない。この賦課方式が純粋に実行されるならば、その世代全体としての給付と拠出の関係は消滅し、ほとんど社会保険としての性質を喪失する。これは世代間所得移転の制度にほかならない。現役世代は自己の老後のための積立金を残すことなく、年金生活者の年金を負担するが、自分たちの老後の年金は次の世代によって保障されると期待するのである。「ドイツにおけるこの方式の1957年の年金改革に大きな影響を与えたシュライバーは、このような年金制度の根底にある原則を「世代間契約(Generationenvertrag)」と名付けた。つまり壮年世代が、幼年世代を家庭の中で養育すると共に、自らの保険料で老年世代を支えるという関係が永遠につづいていくことを、諸世代間の契約という概念で把握したのである。もちろんこれは人々を説得するための比喩にすぎず、あとから生まれてくる世代はこの契約に合意してサインしているわけではない。彼らがこうした契約関係を認めず、契約が破棄される可能性はつねに残されていることに注意しなければならない。」(pp.76,77)

 このような世代間契約という考えに基づく賦課方式の老齢年金制度が円滑に機能するためには、幼・壮・老という三世代の人口比率が安定的に推移することが必要である。シュライバーもこのことは自覚しており、自らの構想の前提として「家族政策」という名の人口政策の推進をかかげていた。しかし、戦後のドイツでは、ナチスの経験から人口政策はタブー視されており、人口政策の裏付けがないままにスライド制と賦課方式への以降が実施され、高齢化とともに年金は長期的な危機に陥るのである。(p.77)

 しかし賦課方式のもとでは、子育ての負担は両親が負いながら、その子どもが成人後に払う保険料は他人の年金を支えるために用いられるのである。子育て期間に稼得生活の中断や離脱は老後の年金を引き下げるのである。こうして子どもは公共財の概念では把握しきれないものとなる。「年金制度においては次の世代の生産コストを負担して年金財政の健全化に貢献した人の方が負担しなかった人よりも不利な状況におかれるからである。このような構造の年金制度のもとでは、少子化は人々の合理的な行動の結果であり、これが年金の財政をさらに悪化させることになる。」「若い世代、特に女性が自分の老後を年金に託そうとすればするほど、少子化が進むことになるであろう。」「一般的に言えば、個人主義の原則のもとにおいては幼・壮・老の間の世代間連帯性が実現されず、社会の存続が危機に陥ることになる。」(p.77)

 「このような認識から、女性の出産・育児活動による稼得生活の中断や引退が年金算定の上で不利にならないようにするとか、さらに積極的に出産・育児活動期間を優遇して年金を加算する政策をとる国が徐々に出始めている。」(p.78)