幕末・明治維新略史

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山田雄三監訳『ベヴァリジ報告 社会保険および関連サービス1942』抄録

(下線は引用者)



勧告の3つの指導原則



(p.5)6。社会保険に関する広範な調査というこの最初の任務から次の任務—勧告を行なうという任務—にすすむにあたって、はじめに3つの指導原則を明らかにしておこう。

7。第1の原則は、将来のための提案はすべて、過去に集められた経験を完全に利用すべきであるが、その経験を得る過程できずき上げられた局部的利益への顧慮によって制約されてはならないということである。戦争があらゆる種類の境界線を撤去しつつある現在こそ、経験を境界なき広野で利用する絶好の機会である。世界史のうえの革命的な瞬間というのは、革命を行なうべきときを意味し、つぎはぎ措置を講ずべきときを意味しない。

8。第2の原則は、社会保険の組織は、社会進歩のための包括的な政策の一部分としてのみ取り扱うべきであるということである。完全に発達した社会保険は、所得保障になるであろう。それは窮乏に対する攻撃である。しかし、窮乏は再建の道をはばむ5つの巨人の1つにすぎず、ある意味では最も攻撃しやすいものである。他の巨人は、疾病、無知、ろうあい、および無為である。

9。第3の原則は,社会保障は国と個人の協力によって達成されるべきものであるということである。国は、サービスと拠出のための保障をあたえるべきである。国は、保障を組織化するにあたっては、行動意欲や機会や責任感を抑圧してはならない、またナショナル・ミニマムをきめるにあたっては、国は、各個人が彼身および彼の家族のためにその最低限以上の備えをしようとして、自発的に行動する余地を残し、さらにこれを奨励すべきである。

10。この報告書で述べられる社会保障計画は、保険に関する計画案である—拠出とひきかえに最低生活水準までの給付を権利として、かつ資力調査なしにあたえようとするものであって、個々人はその水準の上に、それをこえる生活を自由にきずき上げることができる。



窮乏からの自由への道



11。社会調査のおのおのから、だいたい同じ結果が出ている。選ばれた窮乏に関する厳密な基準によると、これらの調査によって明らかにされたあらゆる窮乏のうちの4分の3から6分の5が、稼得力の中断または喪失によるものであった。実際上、残りの4分の1から6分の1が、稼得中における所得が家族の大きさにくらべて十分でなかったことによるものであった。これらの調査が行なわれたのは、補足年金の創設によって老齢者の間の貧困が減少した以前であった。しかし、そのことは、これらの調査から引き出されるべき主要な結論を左右するものではない。窮乏を除去するためには、社会保険によるのと家族ニ一ドへの補給によるのと二重の所得再分配が必要であるという結論がそれである。

14。この報告書の第Ⅴ▽部で示される社会保障計画は、こんどの戦争のあとに窮乏を除去することをその目標としている。それは、強制社会保険をその主要手段とし、国民扶助と任意保険とを補助的手段とすることになっている。それは、被扶養児童に対する手当をその背景の一部になるものと想定している。

15。この計画は、窮乏の診断に基礎をおいている。それは、事実から、すなわち両大戦間における社会調査で明らかにされた国民の生活状態から、出発している。それは、英国社会に関する2つの事実を考慮に入れている—それは出生率および死亡率の過去の動きから出てきたもので234における表11によって示されている。2つの事実の第1は、人口の年齢構成であって、それは現在労働生活の終りと考えられている年齢をすぎた人々が全社会のなかで占める割合が過去のどんなときよりもはるかに大きいことをはっきりさせている、第2の事実は、今日英国社会の人口再生産率が低いという事実であって、この率が近い将来にきわめて大幅に引き上げられないかぎり,人口の急速かつ継続的な低下は避けられないのである。第1の事実は,仕事から退く年齢を早めるよりはむしろ引き延ばす方法を見出すことが必要であることを示している。第2の事実は、児童の養育や妊婦の保護に社会支出上の最優先的地位をあたえるのが至上命令であることを明らかにしている。

16。 ニュージーランドの年金は仕事から退くことが条件となってはいない。英国のための本提案では年金は退職年金であって、仕事を継続して退職を引き延ばす人々は彼らの年金を基本額以上に増額することができることになっている。ニュージーランドの制度は英国の計画よりは低い水準で出発する点で不利であるが、他のいくらかの点では有利である。だいたいにおいて、英民族の2つの国、すなわち英国とニュージーランドとの2つの制度は、ニ一ドに基礎をおく年金から、拠出のために全国民に権利として支払われる年金への移行という同じ問題を解こうとする、同じ線にそった計画である。



社会保障計画の要約



17。社会保障計画の主要な特色は、稼得力の中断および喪失に対処するとともに,出生・結婚・または死亡のさいに生ずる特別の支出に対処するための社会保険であるということにある。この制度は6つの基本原則を含んでいる。略



給付と拠出の暫定額

(p.17)

27.社会保険は、生存に必要な最低の所得を保障することを目的とすべきである。


p.51
改革4. 現行の労働者災害補償制度を廃止し,業務上の災害または疾病に対する措置を統合した社会保険制度のもとに包含する。ただし,(a)この措置に要する費用をまかなうには別途の方法によるものとし,(b)長期の廃疾に対しては特別な年金を支給し,この種の原因によって死亡した場合には被扶養者に一時金を支給するものとする。
77. 労働者災害補償制度は,1897年に一部の人を対象として創設され,1906年に広く適用されるようになったものであるが,本委員会が検討を行なった種々の制度のうち最も古い歴史をもち,またその他の原因による所得の中断を取り扱うさいのもろもろの方法とは原則的に異なったものである。労働者災害補償制度は各使用者に対して,業務に起因しており,その遂行中に起きた事故や疾病により被用者が稼得能力を喪失した場合に,これを補償する法的責任を負わせている。そして,普通法の一般原則とは異なり,.使用者の直接または間接の過失の有無に関係なく,また被用者に過失があった場合でも,それを補償することを規定している。したがって,他人の過失によって生じた傷害の場合に適用する普通法の損害賠償を基礎にして補償がきめられるのではなく,使用者と被用者とが共同で損失を負担するという原則にもとづいてきめられるのである。その補償の額も上限を設けて,被用者の平均稼得と関連させている。使用者が補償を支払う責任はその傷害が被用者本人の重大かつ故意の違法行為によってひき起こされ,しかも死亡や生涯にわたり労働能力を喪失するような重度のものでないかぎりこれを免除される。そのほかの場合はすべて,使用者がなんらの手を打つこともできない災害や,被用者本人の故意の違法行為によるものであっても、それが死や重度の生涯にわたる労働能力の喪失をまねく災害は補償をしなければならないことになっている。使用者はその責任に対してどのような方法で保険をかけてもよいし,炭鉱業以外は(炭鉱業については1934年以来強制保険が実施されている)全然保険をかけないでもよいことになっている。





第3部 3つの特殊問題

(p.117)

193.社会保険によって支給される給付額ならびに年金額の水準は、普通正常な場合の最低生活を維持するに足るようなものでなければならない。

第Ⅳ部 社会保障予算

p.181 294. 「強制保険が最低生活水準以上の給付を行うことは、個人の責任に対する無用の干渉というものである。…かりに強制保険によって最低生活水準以上の給付を行なうことになれば,最低生活水準をこえる部分については各人の自由裁量にゆだね国は最低生活水準を全国民に保障するというナショナル・ミニマムの原則は放棄され、個人の生活を法律で規制するという生活規制原理が採用されたことになる。」





第Ⅴ部社会保障計画

前提、方法、原則

(p.185)

300。社会保障の範囲  ここでいう「社会保障」とは、失業、疾病もしくは災害によって収入が中断された場合にこれに代わるための、また老齢による退職や本人以外の者の死亡による扶養の喪失に備えるための、さらにまた出生、死亡および結婚などに関連する特別の支出をまかなうための、所得の保障を意味する。もとより、社会保障はある最低限度までの所得の保障を意味するものであるが、所得を支給するとともに、できるだけ速やかに収入の中断を終わらせるような措置を講ずべきである。

301。3つの前提  いかなる社会保障計画も、次の前提にもとづいて計画されたものでないかぎり満足なものではありえない。

 (A)15歳以下の児童、もしくは全日制教育を受けている場合は16歳以下の児童に対して児童手当を支給すること。

 (B)疾病の予防・治療ならびに労働能力の回復を目的とした包括的な保健およびリハビリテーション・サービスを社会の全員に提供すること。

 (C)雇用を維持すること、すなわち大量失業を回避すること。

 児童手当は、以下の320〜349で述べる保険給付および年金のいずれにも付加して支給されるものである。

302。保障の3つの方法  これら3つの前提にもとづいて、社会保障計画は、次に概略するように、3つの異なった方法を組み合わせて行なわれる。すなわち、基本的なニ一ドに対する社会保険、特別なケースに対する国民扶助、基本的な措置に付加するものとしての任意保険、の3つである。社会保険とは、拠出することを条件として、請求時の個人の資力に関係なく、現金給付を支給することを意味する。社会保険は、3つの方法のなかでは最も重要な方法であり、ここではできるかぎり包括的なものとするように計画案がつくられている。しかし、社会保険は所得保障の主要な手段であリうるし、またそうあるべきであるが、社会保険がその唯一の手段というわけではない。社会保険は国民扶助と任意保険の両者によって補完される必要がある。国民扶助とは、請求のさいに扶助が必要であることの証明を条件として、事前の拠出に関係なく、個々の事情を考慮して調整を行なったうえで、国庫から支払われる現金給付を意味する。国民扶助は、社会保険の範囲がどんなに拡大されても、社会保険を補足するものとして欠くことができないものである。これら二者のほかに、任意保険が存在する余地がある。国の制度としての社会保険および国民扶助は、それぞれ定められた条件のもとで、生存に必要な基本的な所得を保障するように計画されている。社会の異なる階層の現実の所得格差はいちじるしく、したがって、それぞれの標準的な支出水準にも大きな格差がある。これらのうち高い支出水準に備えることは本来個人の役割であり、それは自由な選択の問題であり、また任意保険の問題である。ただ国は、その施策においてそのような任意保険の余地を残すようにし、むしろこれを奨励するように努めなければならない。

303。社会保険の6つの原則  社会保障の主要な方法として、以下に述べる社会保険計画は、次の6つの基本原則を具体化したものである。

  均一額の最低生活費給付

  均一額の保険料拠出

  行政責任の統一

  適正な給付額

  包括性

  被保険者の分類

304。均一額の最低生活費給付  社会保険計画の第1の基本原則は、失業もしくは労働不能によって中断され、あるいは退職によって停止した稼得時の収入額に関係なく、均一額の保険給付を支給することである。ただし、業務上の災害もしくは疾病の結果生じた長期の廃疾の場合のみは例外となる。この原則は、社会保障における任意保険の位置とその重要性を承認することから生まれたものであり、またこの原則によって、英国で提案された計画が、ドイツ、ソ連、アメリカおよびその他、ニュージーランドを除くほとんどの国々の社会保障計画と区別されるのである。均一額は主要なあらゆる形態の収入の中断—失業、労働不能、退職—に対しても同一である。妊産婦および寡婦に対してはもっと高額の一時的な給付が支給される。

305。均一額の保険料拠出  計画の第2の基本原則は、各被保険者またはその使用者から徴収される強制保険料拠出が、被保険者の資力に関係なく均一額であるということである。すべての被保険者は、富める者も貧しい者も、同一の保障に対しては同額の保険料を支払う。より資力のある者は、納税者として国庫へ、したがって社会保険基金への国庫負担分へより多額の納入をする。この点は、英国で提案された計画と最近ニュージーランドで設けられた計画とを区別する特徴である。ニュージーランドの計画では、拠出金は所得別に高低があり、これは実質的には目的税たる所得税となっている。さらに、1つの例外はあるが、保険料拠出は特定の個人が受ける恐れがあると想定される危険の度合いとか、また雇用の形態とかに関係なく同額である。その例外とは、危険の度合いの高い職業の場合には、業務上の労働不能に対する給付および年金に要する特別費用の比率を高くし、危険の程度および給与支払総額に応じて使用者から徴収するということである(86〜90および360)。

306。行政責任の統一  第3の基本原則は、能率と費用節約のために行政責任を統一することである。各被保険者はすべての種類の給付に対して、単一の拠出を毎週行なえばよい。各地方に、あらゆる種類の請求やあらゆる部門の保障を取リ扱う社会保障事務所を設けることにする。拠出金はすべて単一の社会保険基金に払い込まれ、すべての給付およびその他の保険金はこの基金から支払われることにする。

307。適正な給付額  第4の基本原則は、給付がその額および期間に関して適正であるということである。均一額の給付が提案されるのは、一般に正常な場合には他の資産がなくてもその額だけで生存に必要な最低所得を保障するに十分であるということが意図されている。

310.人口の六つの区分 Ⅰ被用者、Ⅱその他の有業者、Ⅲ主婦、Ⅳその他の労働年齢にある者、Ⅴ労働年齢に達しない者、Ⅵ労働年齢を過ぎた退職者。

311.ニードが生じる八つの根本原因 失業 労働不能 生計手段の喪失 退職 女子の結婚によって生じるニード(結婚一時金、出産一時金、夫の死亡時の給付 夫婦別居給付 家事能力の喪失) 葬祭費 児童(16歳までの児童手当) 疾病もしくは心身障害者 その他のニード





国民扶助

(p.218)

369。社会保障の一部としての扶助  扶助は、社会保険によって包括されないあらゆるニ一ドをみたすためにもちいられる。扶助はそれらのニ一ドを最低生活の水準まで適切にみたさなければならないが、扶助は保険給付よりも何か望ましくないものであるという感じをいだかせるのでなければならない。そうでなければ、被保険者は保険料を支払ってもなんらの利益がないことになる。したがって、扶助はかならず扶助が必要であることの証明と資力調査を条件として支給される。さらに扶助は、稼得能力の回復を早めるように思われる行動をとるという条件のもとで支給される。扶助の費用は直接に国庫が負担するであろう。しかし、国民扶助は社会保険とは別個のものであるけれども、行政上は社会保険と結合しており、社会保障省の仕事のうちで小さいけれども不可欠な部分を占めるであろう。



401. 給付・手当・一時金の暫定額(例示)(1週当たりシリング)

○退職年金

夫ならびに収入のある職業に従事していない妻    (夫婦共同給付)      基本額40

単身の男子もしくは女子、有業の妻を有する男子、年金受給年齢以下の夫を有する女子で保険料を拠出したもの(単一年金)    基本額24

退職が延期された場合、その1年ごとに対し、基本年金への付加分        共同年金 2

                単一年金 1

○児童手当



社会保障と社会政策

(p.237)

409. この報告書で用いられる社会保障という語は、一定の所得を確保できるようにすることを意味する。