2012年3月、東日本大震災の1年後のことですが、北関東の内陸部にあるα社L地区において、
>昨年3月11日に発生した東日本大震災で被災した工場としての経験を
風化させないため、毎年3月11日を「震災対応訓練の日」と定め、
という趣旨で、震災対応訓練が行われ、そのことが社内報でα社グループ全体に
>ヘリが! 消防車が! 工場全員参加の防災訓練を実施
というタイトルで 紹介されました。
震災対応訓練ですので、自衛消防隊が組織されており 消防車まで保有している工場として 自らの手で救助訓練を実施すべきだと思うのですが、その地域の消防本部から、はしご車・レスキュー隊・消防車両9台に来てもらい、さらには災害救助用大型ヘリコプターにまで出動してもらっての訓練でした。
社内報での紹介の最後には、
>社員が参加したこのような大規模な防災訓練は県でも例がないとのことです
とコメントが付されていました。
東日本大震災から訓練の日までの1年間は、病人や老人などの弱者にさえも 救助の手を差し伸べることが叶わず、多くの方が亡くなった という報道が 何度も何度も 繰り返されていました。
保育園・幼稚園・小学校・病院・老人施設等での大震災想定の訓練でもないのに、なぜ “消防隊が来てくれる” という前提で訓練が行われたのだろう と 思って、社内報の記事のコメント欄に質問と意見の投稿をしました。
そのコメントに 回答はなく、1ヶ月後くらいに その記事を 見てみましたら、その記事は なぜか差し替えられており、投稿したコメントは 消えてしまっていました。
このL地区では、大震災時に天井敷設物(配管・配線類)の崩落があったと人づてに聞いていましたし、隣の県の海沿いにあるM地区では、天井クレーンが落下したり すぐ近くまで津波が来たりした と聞いていましたが、これら 今後の防災上 重要と思われる情報や対処が 貴重な経験として 全社に展開されることはありませんでした。
“現場”から いつも遠い距離にある本社広報部門の大震災対応への認識については「仕方ないかあ」と思いましたが、大工場の安全を統括する立場の方々の 大震災時の対処に関する認識には 驚かされました。
“人の命を考える”より“訓練のPRを考える”ような事態に、安全管理の形骸化は K地区や本社だけでなく、工場にまで広がっている ように感じました。
「フィードバックの効かない組織は腐っていく」と言われますが、その兆候でなければよいが と思ったしだいです。
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